霊長類のゲノムと性染色体の進化

ヒトの性染色体の構造

性染色体上には分節重複と呼ばれる比較的長い(10kb以上)繰り返し配列が多く存在する。特にY染色体上には8つの逆向き繰り返し配列(パリンドローム構造)が存在する(Skaletsky et al. 2003)。その構造上には、遺伝子があり、多コピー化している。Y染色体長腕の大部分は短い配列のリピートが高頻度にあり、その部分の塩基配列はまだ十分解読されていない。MSY領域上の重複遺伝子は、アンプリコン配列とも呼ばれる。遺伝子の多コピー化は一般的に遺伝子の発現量を増やすことに利点があると考えられている。パリンドローム構造上の遺伝子の機能は十分には分かっていないが、一部精子形成に必須の遺伝子(DAZ等)がある。パリンドローム構造はDNA複製時に欠損しやすい。欠損した場合、精子形成に必須の遺伝子を失ってしまい、無精子症や欠精子症を高い確率で引き起こす。一方、X染色体上には多くの分節重複が存在すると言われている。Y染色体に比べて小さいが、X染色体上にもパリンドローム構造(約100kb)があり、メラノーマ抗原(MAGE)等のがん精巣抗原が含まれる(Katsura & Satta 2011)。

霊長類でのパリンドローム構造 

ヒト以外のヒト科である大型類人猿(チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オラウータン)でもY染色体が解読されている。これらのY染色体の比較研究より、ヒトが現在もっている多コピー化された配列(アンプリコン配列)、すなわちパリンドローム構造の原型は少なくともヒト科の共通祖先で獲得されたと考えられる(Cechova et al. 2020)。大型類人猿の種間では、パリンドローム構造の数やパリンドローム構造中の遺伝子の種類や数、配列の多様性などに違いがあり、種が分岐してから遺伝子変換や構造の再編成などの進化的イベントがおきたことが示唆された(Cechova et al. 2020)。一方、ヒトX染色体上にあるメラノーマ抗原(MAGE)を含むパリンドローム構造は、霊長類のチンパンジー、オラウータン、アカゲザルのX染色体上にも存在し、少なくとも狭鼻猿小目の共通祖先で獲得された(Katsura & Satta 2011)。霊長類種間ではパリンドローム構造内のMAGE-A遺伝子のコピー数、配列の多様性などに違いがあり、遺伝子変換やゲノム再編成が活発に起きている(Katsura & Satta 2011)。ヒトではパリンドローム構造の両腕(ステム)に位置するMAGE-A3と-A6でMHCクラスII分子の抗原となるペプチドを多様に産生する自然選択が観察されている(Katsura & Satta 2011)。

Katsura, Satta. 2011. Evolutionary History of the Cancer Immunity Antigen MAGE Gene Family. PLoS ONE 6: e20365.

一部引用:桂有加⼦(分担執筆). 霊⻑類学の百科事典(⽇本霊⻑類学会). 第4章4-12性染⾊体の進化. 丸善出版(東京). 2023

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