性決定の進化

生まれつきもっている性別(生物学的な性)、ジェンダー(社会的な性)は人それぞれ違う。現代社会では、二分化した性(女性と男性)でなく、性にはグラデーションがあり、多様化した性があると考えられている。ここでは、生物学的な性、特に遺伝的に決められる性の仕組みについてのみ紹介する。

哺乳類の生物学的な性は、X染色体とY染色体という性染色体の組み合わせにより決められ、XXがメスであり、XYがオスである。性は、精子と卵子が受精する時にすでに決められている。減数分裂(細胞当たりの染色体数を半分にする)により、生殖細胞(卵子と精子)がつくられ、卵子はいつもX染色体をもつが、精子はX染色体をもつものとY染色体をもつものが存在する。X染色体をもつ精子が卵子(X染色体)と受精すると、メス(XX)になる。一方、Y染色体をもつ精子が卵子と受精すると、オス(XY)になる。

2倍体の生物では、通常、細胞分裂期に相同な染色体が対合し、遺伝情報の組み換えが起こり、相同染色体は均一化している。性染色体は、偽常染色体と呼ばれる領域以外では組み換えをほとんど行っていない。実は、性染色体はもともと普通の相同染色体であったが、なんらかのきっかけで組み換えをやめてしまった(組み換え抑制)。何が原因で、組み換えをやめ、XY染色体が誕生したのか。それについては、はっきりとわかっていないが、二つの仮説がある。一つは、Y染色体になる染色体上にオスを決める遺伝子が誕生し、X染色体とY染色体が組み換えを行わなくなったという説である。もう一つは、X染色体とY染色体になる元の染色体に逆位という構造変異が生じ、物理的に組み換えを行うことができなくなったという説である。

現生生物のX染色体上には、X染色体とY染色体が組み換えをやめた痕跡が残っていて、 “進化的階層(ストラータ)”と呼ばれている。X染色体の“進化的階層”は、地球の歴史を知る上で欠かせない地層のように性染色体の進化史を知る上で重要な資料である。その“進化的階層”から、哺乳類の性染色体は段階的に組み換えをやめたことが示唆されている。

Y染色体は組み換えのパートナーを持っていないため、欠失や逆位などの有害な突然変異を他の染色体よりも蓄積しやすい。そのため、X染色体とY染色体はもともと同じ大きさであったにもかかわらず、現在、ヒトのY染色体はX染色体に比べて1/3ほど小さい。一部のげっ歯類(トゲネズミやレミング等)では、Y染色体が既に消失してしまっている種も存在する。一方、霊長類(シルバールトンや新世界ザルなど)では、Y染色体の一部が常染色体に融合し、複数対の性染色体をもち、Y染色体を巨大化させている。

約1.7憶年前、真獣類有袋類の共通祖先でヒトがもつXY染色体は誕生したとされる。Y染色体上にはSRYと呼ばれる性決定遺伝子がある。ヒトのSRYは、胎児期(受精後6週頃から)に未分化な生殖腺で発現し、精巣分化に必須の遺伝子(SOX9)の発現を上昇させる。マウスではSRYの機能を欠損するとメスに性転換する。近年、SRY以外の遺伝子も精巣形成に必要であり、変異が起きると生殖腺の発達が異常になることが知られている。そのため、単一の遺伝子だけで性を決めるというよりも、複数の遺伝子が協調的に性を決めていると考えられている。

有袋類は真獣類と同様にSRYをもっているが、有袋類・真獣類よりも古くに分岐した単孔類(カモノハシとハリモグラ)はSRYを持っていない。SRYSOX3というX染色体上にある遺伝子から組み換え抑制により誕生したと考えられているが、単孔類はSOX3を常染色体にもっている。また、単孔類は5対のXY染色体をもち、他の哺乳類(有袋類・真獣類)のXY染色体よりもむしろ鳥類(ニワトリ)のZW染色体(ZZオス、ZWメス)に遺伝情報が似ている。そのため、SRYは、真獣類と有袋類の共通祖先で、Y染色体が誕生したのと同時期に誕生したと考えられている。 SRYは、DNA結合能をもつ転写因子である。SRYタンパク質は、SOX9の5’上流のエンハンサー領域にSF-1(ステロイドファクター)という転写因子と共に結合することがヒトやマウスの研究で証明されている。真獣類と有袋類のSRY を比較すると、真獣類でSRYのDNA結合能にかかわる重要なアミノ酸置換が多く蓄積したことがわかった(Katsura et al. 2018)。ワラビー(有袋類)のSRYタンパク質の機能解析から、ヒト(真獣類)と同様の転写制御を行っていることが明らかになったが、有袋類SRYのDNA結合能は真獣類のものよりも弱いことがわかった(Katsura et al. 2018)。 哺乳類の性染色体は主にXY型だが、様々な種で特殊な進化が起きている。最近、Y染色体の遺伝情報が多くの種で明らかになり、ゲノム編集などによる遺伝子操作で遺伝子の機能も調べられている。先端生命科学の発展により知見はどんどん増えているが、性の進化の多くは未だ謎に包まれている。

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